rakko整体院

考え方次第

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考え方次第

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2021/11/17

信仰の義って?

こんんちは!

水曜日の聖書を勝手に解釈の時間です!

今日の箇所はこちら

ローマの信徒への手紙 9章30節〜 10章4節

です。

章をまたいでおります。

 

それでは早速参ります。

まず、この箇所は

「信仰による義」を得たい方に向けた文章になっております。

ちょっと待て、と。

「信仰の義」とは何ぞや?とお思いでしょう。

正直、わたしもよくわかりません。

ですが、「義」とは「罪」の対立概念であり、

他者に対して、ただしい、誠実な、偽りのない態度で望むこと。

また、そのような態度が可能である魂の状態。

と、いうことなので、

信じることに真摯に向き合う状態…みたいに考えています。ワタシは。

では、

その状態にどうすればなれるのか?

 

まずは、

行いではなく、

信仰によって進みましょう

「このお皿のショートケーキを我慢すれば、

もっと、大きなホールケーキが食べれるんだ!

だから、我慢しよう!」

ではなく、

お皿のショートケーキを我慢することで得られることにフォーカスしましょう。

みたいな感じです。

次に

神の義を知らないこと、

自分の義を求めていることを認識しましょう

「それは神様がやって欲しいことじゃなくて、

自分の欲求でしょ!気づいてよ!」と言っています。

最後に

律法の目標がキリストです。

ある意味、律法(ルール)に縛られずに

キリストの身になって考えてみて。

=聖書を通して人生を学んでちょ。

 

以上の3点によって

信仰の義を得ることができるようです。

では、

ワタシのようなクリスチャンではない人は

ここから何を学べば良いのでしょうか?

33節にこんな文章があります。

「つまずきの石、妨げの岩を置く。

これを信じるものは、失望することがない。」

つまり、「神様が試練を与えてくれたんだよ。

そう思えば(困難があっても)失望しないでしょ。」

確かにね!

考え方次第だもんね!

そんな力強く、逞しく生きるための知恵が散りばめられているものが

聖書だと思います。

 

気になった方は読んでみてください。

それでは、また

 

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